高額な戒名代

日本人が死んだら、多くの場合お寺のお坊さんにお願いして、お経を読んでもらい、戒名も付けてもらう。
ただ、この時のお礼(お布施)がけっこうな金額となる。お金のことが気にならない人は良いが、今の時代、経済的にこのぐらいのことでも負担するのが難しいケースも多くなっているようです。実際、3着5万円のスーツがラジオでどんどん宣伝している。
随分前から100均は大流行り。先進国では日本だけが賃金が上がっていない。非正規雇用者が大きく増加したことが実質賃金低迷の原因の1つになっており、平成の27年間で上昇した年収はわずか7万円。(国税庁の民間給与実態統計調査で、1990年の平均給与は425万2000円、しばらく上昇して97年に467万3000円をピークに下がり始め、2017年は432万2000円となる)

お葬式も家族葬や樹木葬、散骨というのも出てきているのが現実である。葬式や法事などは、あとに残された者たちの気持ちですることだと思う。自分らなりに、できる範囲のことをすればよいのではないか。
昔は見栄、体裁を気にすることが多かったのではないか。現代は見栄、体裁よりも自分たちが経済的な面も含めて納得のいくようにしたい、と考える人が増えてきているのではないでしょうか。

よく知らないお坊さんに、故人の戒名を付けてもらうこと

これまでの日本の風習では、各家は地元の一つのお寺の檀家になっており、葬式、法事はすべてそのお寺の世話になるというやり方だったと思います。しかし現代は、核家族化、少子化が進みそのようなお寺(菩提寺)もない家が増えてきています。そのような家でも、いざ親が亡くなったりすると色々な伝手(つて)や、葬祭店に依頼して結局どこかのお寺の世話になるケースがほとんどではないでしょうか。
そういう、昔の風習を踏襲したシステムが、厳然として存在するからそうなるのだと思います。
しかし、よく考えてみると一回も訪れたことのないお寺の全く見ず知らずのお坊さんに、一切を任せるのはどうなのでしょう。

良い戒名とはどんなものか

戒名にしても亡くなった親のことを知らず、顔も初めて見るようなお坊さんに良い戒名を付けてもらえる道理はないのではないでしょうか。それだったら、自分が生きている間に自分にふさわしい戒名を自分で考えておいて、死んだらその戒名を墓石に彫ってくれと遺言しておけば良いのではないかと私は思います。勿論、家がどこかのお寺の檀家になっている場合はこの記事のようにはできません。通常の日本古来のしきたりに沿った形でやっていかないと駄目でしょう。檀家を辞めるのなら話は別ですが。若い夫婦の場合は、どこの寺の檀家にもなっていないケースが多いと思いますが、そういう場合にこの記事のようなことが可能になってくる。さらにもっと極端な例は、海に散骨というやり方も最近よく目にしたり、聞いたりします。その場合は、戒名そのものが必要なくなります。お墓に遺骨を入れるということがあって初めて戒名の必要性が出てくるわけですが、 戒名・没年月日・俗名と行年(年齢)という風に掘るのが一般的ですが、戒名無しなら本名・ 没年月日・行年(年齢) という風に掘ればよいのだと思います。こういうことは別に法律で決まっていることではなく、・・・でなければならないというものではありません。

そもそも日本人は信仰心が薄い人が多い

NHK放送文化研究所の調査によれば、2008年、2018年でのなんらかの宗教(仏教、神道、キリスト教など)を信仰している人の割合はそれぞれ38%、36%となっている。
また2006年から2008年にアメリカのギャラップ社が世界143か国を対象に行った世論調査で、「日々の生活で宗教は重要な部分を占めていますか?」という質問に「はい」と答えた人の割合は世界平均で82%(中央値)。100%から14%とばらつきも大きいが日本は25%で143か国中136位となっている。
またオーム真理教の地下鉄サリン事件などや、最近は少なくなってきているがIS(イスラム国  Islamic State イスラム過激派組織 )が起こすテロ事件、これらの影響で宗教自体の怖さ、恐ろしさを感じた日本人も多いと思われます。
理由ははっきりしませんが、日本人の信仰心は他国と比べてかなり薄いものだといえます。


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