警察が動き出す前は、児童相談所がカギを握っている

千葉県野田市立小4年の栗原心愛(みあ)さん(当時10)が1月に自宅浴室で死亡した虐待事件が、今テレビなどで取り上げられているが、子供が死ぬと警察が動き出すが、そうなる前の
段階ではやはり児童相談所ということになる。
その段階での対処の善し悪しが、結果的にこのような悲惨な結果を招くということを考えれば、児童相談所の役割と責任は非常に大きいと言わざるを得ない。事件が起きるたびに児童相談所のことが報道され、報道陣の前で頭を下げるシーンがあったり、いろいろとそれについて様々な人たちが意見が述べたりされているが、事態は一向に変わっていないのが現実だ。

結局、児童相談所の機能が不十分ということだろう。親による児童虐待への対処は相当な難しさがある。それに対処する行政側も、相応の体制を敷いていないと悲劇の結果を招くことを防ぐことはできないだろう。親による児童虐待問題の難しい点は、それが家庭という閉鎖的な中で起こっていることだというところだろう。
学校におけるイジメの問題と似ている。イジメの場合は、学校という閉鎖環境の中で起きていることで、外の人間がその問題に立ち入って解決するのは、かなりの難しさがある。校内で一体何があり、細かな様々なことがどのように絡んで問題が発生したのか、一からそのすべてを把握、分析することは本当に困難な仕事なのであろう。
児童虐待では親が、いじめ問題では先生がそういう問題が存在しているということ自体を隠そうとする。その「嘘」を感じ取り、見抜き内部まで入り込み、彼らからの「抵抗」時には巧妙な言い訳や暴言などにもひるむことなく、毅然と対処していかなくては問題解決に至ることはできないだろう。

児童虐待はなぜ起きるのか?

一つのキーワードは「しつけ」だろう。しつけに関して親が良い親を演じようと一所懸命になるあまり、子供がちゃんとできない時、つい子供に対して「暴力」に及んでしまうことがあるのかもしれません。そういうことが日常化してしまい、結果として児童虐待になってしまっているのかもしれません。そのようなことになる前に親に対して、子供のしつけ方を教育する必要があるのではないでしょうか。現代では昔のように3世代同居という家はほとんど無くなっているので、祖父、祖母からそのような教育とか、助言、指導を受ける機会も無くなっています。若い夫婦二人だけで悩みながら子育てしていると、間違った方向に進んでしまうこともあるんだと思います。

精神科医が語る「虐待してしまう」理由

医学的知見をもとに啓発活動を行っている精神科医の大塚俊弘先生は長崎や川崎で、児童相談所の子どもたちやDV被害者の診察を担当され、精神科医として、数々の施設でセンター長として、職員の指導などにも携わってこられた中で、「児相の現場ではすでによく知られているのですが」と前置きしたうえで、子ども虐待は「依存症」です、と言い切ります。児相の現場では10年以上前から、その前提で指導が行われているそうです。
依存症には、ギャンブルやアルコール、仕事などのほか、暴力や虐待、さらには特殊な人間関係などがあります。共通の特徴としては「やめたくてもやめられない」という行動障害であること。言い換えると、意志の力や精神力では行動をコントロールできなくなる病気であり、したがって、意志の力や精神力でコントロールしようと考えている限り、治らない「病気」だというのです。

児童虐待は、依存症的行動パターンにはまっている親や配偶者により引き起こされることもあり、そういう場合の親や配偶者は、世間体が非常によかったり、仕事熱心な人物であるという事例も少なくない。子どもの虐待やDVは、多くの場合、愛情の欠如、あるいは育児ノイローゼの延長といった現象ではなく、むしろ依存的な深い愛情がある、愛情に縛られているからこそ引き起こされるもの。虐待を加える大人の多くが子どもに対して、「あなたのためにやっているのだ」と正当化しながら体罰を与えたり、子どもが望まないことを強要しています。

児童相談所は一つの役所であり、今その人員不足や所員の教育不足なども言われています。
その改善が望まれているのは大方の国民の意見ではないかと思います。
しかし、それはすぐに改善できるものでもないでしょうから、問題が明るみとなった親に対する教育、もしくは「依存症」の治療をもっと進めていくことがこれからの対策としては需要となるのでしょう。


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