一つ目の共通点

私は死刑廃止論と核廃絶論には共通点があると思います。
死刑にしろ核爆弾にしろそれらは無いことが理想である。だが、それらがあることで安心感を抱きたいというのが、人間の性(さが)でもある。死刑や核武装の肯定派の論拠は、凶悪犯罪や他国からの侵略戦争の抑止力になり得るということだろう。それを採用している代表的な国はアメリカ合衆国である。
私が共通点と言ったのは死刑は極刑であり、核兵器は最終兵器であるという点。

どちらも無いほうが良いのは分かるが、必要悪として持っておきたいという考え。なかなか議論が多く、簡単に結論の出せる問題ではないでしょう。

二つ目の共通点

もう一つの共通点はどちらもその国の政治家、為政者が決めることという点。
国民一人一人には、それぞれ意見、考え方があるだろうが、決定するのは政治家、為政者だということだ。これらの考え方を実現するには政治家、為政者に対して多くの国民が一致してこれらの意見を声高く発言して、彼らの姿勢を動かすことが必要となってくる。世の中を変えるということで、かなりそのハードルは高い。多くの国民が一致して意見を出すということは、おそらくそういう思想集団、つまり新政党を立ち上げるということになるのだろうと思う。そのぐらいのことをしない限り、こういう大きな問題は一般庶民では動かすことは不可能に近いことではないかと私は思います。

国にとって核兵器は重大問題

死刑自体は非人道的処罰法だろう。また核爆弾も非人道的兵器だろう。どちらもないに越したことはない。実際、死刑を廃止している国は、世界でもけっこう多い。
ところが核兵器については、北朝鮮やイランをはじめとして、これから持とうとしている国もある。
死刑制度は主に個人に対する国の対処方針だが、核兵器は他国からの攻撃や侵略という国単位での戦闘行為に対する反撃の手段ということになる。核兵器を持たず戦争に負ければ、最悪は自国が壊滅的被害を被るという、凶悪犯罪よりももっと重大問題ではある。

イギリス、フランスの場合

ということで、死刑は廃止しているが核兵器は持っている国もある。具体的に言うと、イギリス、フランスである。死刑は廃止できても、核は持っておきたいというわけである。
つまり、死刑の廃絶もなかなか難しい問題だが、核兵器廃絶の方がもっと難しいということだろう。その2国の場合はそういうケースだろう。

日本、アメリカの場合

そして日本も核兵器は持っていないが、アメリカによる核の傘があるので、持っているのと同じような安心感はあるはずだ。ということは死刑制度も核兵器もあるというアメリカと同じケースだといえる。死刑制度も廃止できない、核兵器も手放せない。日米ともに、そういう考え方の国であるということになるのだと思います。

現在の核保有国の核兵器は無くなる日が来るのか?

死刑制度に関しては、これまでの世界の流れを見ても徐々に廃止していく国が増えてきている。
日本弁護士連合会のH.P.によると、2018年12月現在、法律上の死刑廃止国(114か国)と10年以上死刑執行をしていない事実上の死刑廃止国(28か 国)を合わせると、世界の142か国では死刑がなく、死刑存置国は56か国となっている。また米国でも、2019年5月末現在、全50州のうち半数の25州が法律上または事実上の死刑廃止に至っている、とのことです。殺人などの被害者感情の辛さを超えて、人が人を殺してはいけないという 、人間としての基本倫理を貫き、いずれ世界中の死刑制度はなくなることが考えられると思います。

しかし核兵器に関しては、個人ではなく国家単位のことなので、また自国が廃棄しても他国が作ってしまうかもしれないという可能性が排除できないのだから、この廃絶は不可能だろうというのが、私の考えです。残念ですがこれが人間の限界でしょう。

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