佐藤しのぶさんは昨年2019年9月29日に亡くなられ、 お別れの会が同年11月11日帝国ホテル東京 にて執り行われました。ふと佐藤しのぶさんの歌を聞いてみようとYouTubeで調べると【「リメンバー ヒロシマナガサキ」CD発表 記者会見(2013.11.12)】というのがあり1時間25分もある長いビデオだったが、ぜんぶ視聴した。「リメンバー」の作詞をした なかにし礼 と佐藤しのぶさんが招いた記者たちの前で話をしたり、記者からの質問に答えるというものだった。この歌は佐藤しのぶさんの方からなかにし礼さんに世界平和を日本から世界に向けて訴えるような曲を作ってほしい、と依頼してできた曲ということだ。 佐藤しのぶさんが平和について考え始めたのは、小学校5年生の時に行った、広島の平和記念資料館での体験からだったそうだ。そのころ心に刻み込まれたものが、やっとこの年齢になって歌という形で世界に発信できるようになった、とのこと。

ヨーロッパ滞在中の佐藤しのぶさんはチェルノブイリ原発事故で体内被曝した子供たちの前で歌を歌う機会があった

その子供たちはベラルーシという国に住む子らで、(ウクライナの)チェルノブイリ原子力発電所からは300~400km離れてはいるが、今でも居住禁止ゾーンがあるくらいに放射能による汚染がひどかった所だ。 佐藤しのぶさんがその療養施設を訪れたのは原発事故から11年後ではあったが、多数の子供たちが放射能の後遺症で療養していたのです。

その子らはオペラ会場に行ってオペラを聞いたりできない子供たちで、だからその子たちに歌を聞かせてあげてほしいという依頼であった。このとき佐藤しのぶさんは歌で人を元気づけたり、助けたりすることができるということを痛切に感じたのです。

この歌にはヒロシマ賞を受賞した小野洋子のリメンバーヒロシマナガサキという言葉が使われている

なかにし礼さんはこの歌を作るにあたって日本だけができる発言であって、しかも世界に通用し、訴えかける言葉で作ろうと思っていたところに、朝日新聞の「ひと」欄に広島からどんな言葉を発したいですか、という質問に対する答えとして*ヒロシマ賞を受賞した小野洋子さんは「リメンバーヒロシマナガサキ」と言ったという記事が目に入った。なぜならそれを憶えていない人多いでしょう?原爆の悲惨さを思い起こしてほしいという願いがあるからです、と答えたとのことです。こうしてなかにし礼さんは、この曲の中にヒロシマ、ナガサキという言葉を入れることを決めて曲を作っていった。

* ヒロシマ賞 :核兵器廃絶と世界恒久平和を願う「ヒロシマの心」を現代美術を通して世界へアピールする目的で平成元年に広島市が創設した賞で、3年に一度授与がある。 オノ・ヨーコ さんはその第8回に受賞されました。

感動的な良い曲ができたのに佐藤しのぶさんは亡くなった

「リメンバー ヒロシマナガサキ」CD発表 記者会見の会場で佐藤しのぶさんがこの歌を披露した後の質疑応答では各新聞社、テレビ局の方たちが大勢来られていて最初に質問した元NHKのフリーの記者は近々広島にやってくるオバマ元大統領の前でぜひ佐藤しのぶさんにこの歌を歌ってほしいと言いながら言葉を詰まらせて泣いておられ、それにつられて佐藤しのぶさんも涙するという場面がありました。この歌は佐藤しのぶさんが手話を使った身振り手振りを交えながらダイナミックに歌っていくというスタイルで、非常にスケールが大きく感動を呼ぶ歌となっています。しかし この記者会見の6年後に佐藤しのぶさんは亡くなったのです。だからこの歌を歌う人が今はいません。できれば女性のオペラ歌手でこの歌を手話付きで歌える人が出てきてほしいものです。CDはあっても、やはりライブで歌うことでこのメッセージを伝えていくことが必要じゃないかと思います。

世界で有名な反戦歌「花はどこへ行った」

この記事のために反戦歌についてネットで調べていると「花はどこへ行った Were Have All the Flowers Gone」という曲に遭遇しました。この歌の曲名だけは私の記憶にありました。自分の記憶ではピーター・ポール&マリーというフォーク・トリオが歌っていて覚えやすいメロディで良い歌だなあと感じていました。当時テレビでも何回か見ました。調べると1967年に東京と京都で日本公演をしています。私は小学校5年でした。歌詞は英語でしたので私には意味が全く分からず、この歌が世界で反戦歌となっていたということは60代の今まで全然知りませんでした。

歌詞の意味は…… すべての花はどこへ行ってしまったの? 娘たちが摘み取ってしまったのよ
 その娘たちはどこへ行ったの?  夫たちを探しにいった
 夫たちはどこへいった?   兵役に駆り出された
 兵隊たちはどこへいった?   墓にいった
 墓地はどうなったの?   花畑になった
 花はどこへいった?  娘たちが摘み取ってしまったのよ
 いつになったらわかるんだろう?(Oh, when will they ever learn?)  
このような繰り返しをしていく歌となっています。

ピーター・ポール&マリー が来日した1967年という年の4月にはベトナム戦争最中の全米で反戦運動が起きていた。またニューヨークでも大規模な反戦デモ行進、10月21日には首都ワシントンで最大規模の反戦集会が開催されていた。つまりこの曲はまさに戦争さなかでの、アーティストたちによる反戦の主張、市民感情の代弁といったことであったのだろう。

その点、今の日本は戦争はなく、他国の戦争にも関わりなく平和そのものであるから佐藤しのぶさんの「リメンバー」という歌は流行る状況にはないのかもしれない。しかしこの平和をこれからもずっと続けていくには、一般市民の平和を大切にしていこうという意識が必要だと思います。すべて政府任せにしていると、いつの間にか戦争に関わってしまうということにもなりかねません。 日本は水と安全はタダ 、という言葉がありますが最近の日本を見ているとそうでもなくなってきているように思います。アメリカ軍に思いやり予算を払っているし、信じられないような凶悪な事件や悲惨な事故も毎日のように起きています。平和についてしっかりと考えて、自分のできることは無関心を決め込まずにやっていく必要があると思います。


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